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千葉地方裁判所佐倉支部 昭和33年(ワ)30号 判決

原告 岩井千代 外一名

補助参加人 夏海ゆり

被告 高山次郎

主文

一、原告等の請求(原告岩井千代の予備的請求も含む)は孰れもこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告等と被告との間に生じた部分は原告等、参加によつて生じた部分は補助参加人の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として被告は原告両名に対し成田市久米字竹の下百十七番の一、一、田二畝十二歩、同所百十八番一、田一反五畝十六歩、同所百十三番一、田二反十二歩の土地を引き渡すべし訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として右各土地(以下本件土地と称する)は原告両名及び補助参加人の先代訴外夏海よしの所有なるところ右夏海よしが昭和二十六年六月二十二日死亡し原告両名及び補助参加人において共同相続して昭和三十三年十二月二十日付右相続による土地の所有権取得登記を了し現に原告両名及び補助参加人の所有(共有)に属するものであるが、被告は法律上何等の権原なくして昭和二十六年以降現在に及んで本件土地を不法に占有し、水田として使用し原告両名及び補助参加人の本件土地の所有権を侵害しているものであるから被告に対しこれが原状に回復せしむるため、土地の引き渡しを求むべく本訴請求に及んだと述べ、被告の答弁に対し被告は訴外夏海よしが存命中同訴外人から原告夏海千潯を通じて本件土地の売買譲渡を受けて適法且つ有効に土地を占有すると主張するが、訴外夏海よしは原告夏海千潯に対し本件土地の売買は勿論のこと土地利用関係の設定を依頼した事実は全くない。被告が原告夏海千潯から土地の引き渡しを受けて占有し耕作しているとしても同原告は昭和二十五年三月頃から昭和二十六年二月頃までの間に被告から数回に亘つて合計金五万三千円を借用するにあたり被告と懇親の間柄であつた関係上借用金の利息及び弁済期を定めず、その代り本件土地を被告に利用せしめ、その土地の収益をもつて右元利金に充当せしむる趣旨のもとに訴外夏海よしに無断で本件土地を被告に引き渡したのに過ぎず、被告は爾来右土地を耕作し、その収益により優に数十万円の利益を収めて、既に同原告に対する貸し付け元金五万三千円及び利息相当金の回収を得たにより最早本件土地を占有し耕作する理由たる根拠は消滅したから被告の本件土地の占有は不法占有たるを免れない。若し又原告夏海千潯が被告に対し本件土地を売買譲渡したとすれば、それは無断売却によるものであるから、その土地の所有権移転の売買契約は無効であり被告は本件土地の所有権を取得するいわれがなく、他に被告の本件土地の占有をして正権原たらしむる原因が全くないものである。仮に原告夏海千潯が訴外夏海よしの依頼により本件土地売買の正当権限があつて被告に対し売買譲渡したとしても、本件土地は農地(水田)であるから農地法第三条により所轄千葉県知事の許可を得なければその土地の所有権移転の売買契約は無効であつて被告は本件土地の所有権を取得するものではない。従つて被告において本件土地の所有権を有することを前提とする被告の本件土地の占有はこれ亦不法占有であると述べ、尚原告岩井千代は予備的請求として、被告は原告岩井千代に対し本件土地を引き渡すべしとの判決を求め、その予備的請求原因として訴外夏海よしは原告夏海千潯を通じて被告に対し本件土地を売買譲渡した事実のないことは前述の通りであるが、仮に原告夏海千潯が第三者たる訴外夏海よしに無断(無権限)で被告に対しこれを売り渡したとするもその後、訴外夏海よしは昭和二十六年六月二十二日死亡し原告夏海千潯、同岩井千代及び補助参加人夏海ゆりの三名が被相続人夏海よしの遺産たる本件土地を共同相続し、その相続分各三分の一の共有持分を取得したのでこれにより被告は本件土地につき原告夏海千潯の取得せる右三分の一の共有持分を同原告から売買譲渡を受けたものとしてその法律効果を生じたとみるべきである。然るところ、民法第二百五十二条により他の共有持分の価格合計三分の二の過半数を保有する原告岩井千代及び補助参加人夏海ゆりにおいて本件共有土地の管理に関する事項として被告に対し本件土地の引き渡しを求むべく決したからここに少くとも被告は原告岩井千代に対し本件土地を引き渡す義務があるものであると述べ、原告両名の立証として甲第一号証を提出し、証人夏海なか及び原告本人岩井千代、同夏海千潯の各尋問の結果を援用すると述ベ、原告岩井千代は乙第一号証の一、二は孰れも不知、同第二号証は成立を認め、原告夏海千潯は乙第一号証の一、二、同第二号証は孰れも成立を認めると答えた。

補助参加訴訟代理人は原告両名訴訟代理人と同趣旨の陳述を為し、原告両名訴訟代理人提出、援用の各証拠を援用し、乙第一号証の一、二、同第二号証は孰れも不知と答えた。

被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として原告両名及び補助参加人の主張事実中その主張の本件土地が農地(水田)であつて原告両名及び補助参加人等の先代訴外夏海よしの所有であつたこと、訴外夏海よしは昭和二十六年六月二十二日死亡して相続が開始し昭和三十三年十二月二十日付同訴外人から原告両名及び補助参加人の共同所有名義に相続による土地所有権取得登記が経了せられあること、被告が本件土地を占有し現に耕作していることは孰れもこれを認めるが、原告両名及び補助参加人主張の如く、原告夏海千潯及び被告間に金五万三千円の消費貸借が為されたとのこと、原告夏夏海千潯が被告に対する借用金五万三千円及び利息相当金等の弁済に充当するため同原告が被告に対し本件土地の利用関係を設定したとのこと竝びにこれに関連する事実、原告両名及び補助参加人がその先代夏海よしから本件土地の所有権を共同相続して現在同人等の所有(共有)に属するとのこと、被告の本件土地の占有が不法占有であるとのことは孰れも否認する。被告は原告両名及び補助参加人等の先代訴外夏海よしが存命中同訴外人からその所有の本件土地を原告夏海千潯を通じ千葉県知事の農地所有権移転の許可あり次第土地の所有権移転登記手続を為す約のもとに売買譲渡を受けたものである。即ち本件土地中先ず成田市久米字竹の下百十七番の一、一、田二畝十二歩及び同所百十八番一、田一反五畝十六歩を昭和二十五年三月三十日に代金二万三千円で買い受けて同日代金の支払いを了し知事の農地所有権移転の許可を停止条件として土地の所有権を取得すると共にその頃土地の引き渡しを受け、又同所百十三番一、田二反十二歩を同年七月中に代金三万円で買い受けてその頃から昭和二十六年二月二十日までの間に三回に亘つて代金の支払いを了し右同様その土地の所有権を取得すると共に昭和二十六年四月頃土地の引き渡しを受け、引き続き現在に及んで適法且つ有効に土地を占有し耕作しているものであつて、不法に土地を占有するものではない。只本件土地は前示の如く農地である関係上その所有権の移転については所轄知事の許可を要するものなるところ、売主訴外夏海よしは被告に対する農地売り渡しの許可申請竝びに土地所有権移転登記申請の各手続を履行しないまま昭和二十六年六月二十二日死亡し、又右夏海よし死亡後その相続人である原告両名及び補助参加人等も亦被告に対する右各手続を履行せず、現在に及んでいるのである。然るところ、農地の売買による土地所有権の移転には所轄知事の許可を有効要件とすることは農地法第三条の趣旨に徴し明らかであるが、右知事の許可を停止条件として農地の売買契約を締結することは毫も差し支えないものと解すべきであるから右知事の許可手続が未了であるからとして土地の売買契約を絶対無効なりと為すべき理由はなく、又右売買の主旨に基き適法且つ有効に為された本件土地の占有をして不法占有たらしむる筋合いのものではない。原告等の本訴請求は失当であると述べ、尚被告は原告岩井千代の予備的請求に対する答弁として、その請求を棄却するとの判決を求め、その請求原因に対しては先に原告等の請求原因について述べた答弁事実を総て援用しこれに抵触する同原告の新たなる主張事実は総て争うと述べ、立証として乙第一号証の一、二、同第二号証を各提出し、証人小関鉄太郎、同鈴木浦吉、同高山花子及び原告本人高山次郎の各尋問の結果を援用すると答えた。

理由

本件土地が農地(水田)であつて原告両名及び補助参加人等の先代訴外夏海よしの所有であつたこと、訴外夏海よしが昭和二十六年六月二十二日死亡し昭和三十三年十二月二十日付で同訴外人から原告両名及び補助参加人の共同所有名義に相続による所有権取得登記が為されあること、然るに被告が本件土地を占有し現に耕作していることは当事者間に争いがないものと認める。そこで被告の本件土地の占有は原告等主張の如く無権原により原告両名及び補助参加人の土地所有権(共有)を侵害せる不法占有であるかどうかについて審按するに証人夏海なかの証言及び原告本人岩井千代、同夏海千潯の各供述は原告等の主張事実に副うのであるが、右証人の証言及び原告各本人の供述は証人小関鉄太郎、同鈴木浦吉、同高山花子の各証言及び被告本人高山次郎の供述並びに後出の乙第一号証の一、二に対比して到底措信することができない。即ち、証人小関鉄太郎、同鈴木浦吉、同高山花子の各証言、被告本人高山次郎の供述、右高山次郎及び原告本人夏海千潯の各供述によつて成立を認め得る乙第一号証の一、二同第二号証、本件口頭弁論の全趣旨を彼れ是れ綜合すれば本件土地は被告が原告両名及び補助参加人等の先代訴外夏海よしが存命中、同訴外人から原告夏海千潯を通じ千葉県知事の農地所有権移転の許可を条件とし而して右知事の許可申請は速かに履践してその許可あり次第土地の所有権移転登記手続を為す約のもとに売買譲渡を受けたものであることが認められる。即ち本土地中先ず成田市久米字竹の下百十七番の一一、田二畝十二歩及び同所百十八番一、田一反五畝十六歩の二筆を昭和二十五年三月三十日に代金二万三千円で買い受けて同日右代金の支払いを了し前示条件付きで土地の所有権を取得すると共にその頃土地の引き渡しを受け、又同所百十三番一、田二反十二歩を同年七月中に代金三万円で買い受けてその頃から昭和二十六年二月二十日までの間に三回位に亘つて右代金の支払いを了し、右同様その土地の所有権を取得すると共に昭和二十六年四月頃土地の引き渡しを受け爾来現在に及んで適法且つ有効に土地を占有し耕作していることが認められる。尤も前示乙第一号証の二の書面にはその表題に「借用証」と記載しあり、又乙第一号証の一、二共その書面の作成名義人は原告夏海千潯であつて、恰も原告等の主張事実に副うのであるが、乙第一号証の二の書面の表題がたとえ「借用証」と記載されていてもその書面の内容の記載を仔細に検討するにおいて乙第一号証の一の書面と共に本件土地の売買契約を締結して土地の売買代金の授受されたことを明瞭に記載されていることに鑑み、本件土地の売買であることが明らかであり、又乙第一号証の一、二の各書面の作成名義人が土地の所有者訴外夏海よしではなく原告夏海千潯であつても、それは同原告と訴外夏海よしとは親子関係があつて同居し老母夏海よしは寧ろ被告に対し本件土地を売却処分して現金化することを極力希望しそれがために本件土地(水田)により農業に精進する意思がなく飲食店の開業を希望していた世帯主である伜原告夏海千潯に対し本件土地の売買に関する一切の事項を委ねたと認められる関係上原告夏海千潯においても亦土地売買証書の作成にあたつてその証書の作成名義人は実際の売買の衝にあたれる原告夏海千潯と表示することこそ却つて事実に即した措置なりとの発意に基き敢えてその作成名義人を夏海千潯と記載したものと認めるべきであるから、右書面の作成名義人がたとえ訴外夏海よしと記載されず、原告夏海千潯と記載されていても、原告等主張の如く原告夏海千潯が訴外夏海よしに無断で本件土地を被告に売買譲渡したとか、或は同原告が本件土地を被告に売却したものではなく、単に土地の利用関係を設定して金借したのに過ぎないとかの事実を認めるには到底由ないものであつて、而して右書面の作成名義人の原告夏海千潯なる記載は敢えて異とするに足りないものであること、かくして却つて訴外夏海よしは原告夏海千潯を通じて本件土地の所謂登記済み権利証と認められる乙第二号証の書面を交付して自ら進んで本件土地を被告に対し売買譲渡した関係にあるものであることが前示証人高山花子の証言及び被告本人高山次郎の供述、口頭弁論の全趣旨によつて容易に認定し得るものである。右の認定を覆するに足る信ずべき証拠はない。只本件土地は農地(水田)たるの関係上その売買による所有権移転については所轄知事の許可を要し、その許可手続及び土地所有権移転登記手続の孰れも未了であることは当事者間に争いなきところであるが、右知事の許可が未了であるからといつてその欠除せることを理由に先に為された本件土地の売買契約を直ちに絶対無効なりとして葬り去る理由は毫もなく寧ろその売買契約は知事の許可を停止条件として成立したものと解するのが相当である。(右の認定と所見を異にする学説、判例もあるが正当ではない。)而して被告は右売買契約の成立を前提としてその主旨に基き買主として前示認定の如く本件土地の引き渡しを受けて占有し耕作するものと認むべきであるから土地を不法に占有する者ではない。原告両名の本訴請求は失当である。次に原告岩井千代の予備的請求原因における主張事実の当否につき按ずるに原告岩井千代はその主張事実において原告夏海千潯は飽くまでも本件土地の所有者訴外夏海よしに無断(無権限)で本件土地を被告に対し売買譲渡したと仮定して独断し、その土地の売買契約は所謂他人の物の売買として一応債権的に有効であることを前提とするものの如くであるが、それにしても被告に対する本件土地の売買契約は訴外夏海よしの死亡により相続開始した昭和二十六年六月二十二日以前に係るものであり、しかも訴外夏海よし所有の本件土地の所有権そのものの売買であつて原告夏海千潯が未だ相続により取得せざる共有持分を予め売買譲渡したものでないことは、その主張自体によつて明らかである。従つて、たとえ本件土地所有権の売買後に至つて原告両名及び補助参加人夏海ゆりが被相続人訴外夏海よしの死亡によりその遺産を相続した関係が生じて仮に原告夏海千潯において右相続に因り本件土地の共有持分を取得したとしてもこれにより先の土地の売買契約にあたつて事前に特別の意思表示(例え、将来相続によつて取得すべき土地の共有持分を予め譲渡し置く旨)が為されていない限り被告に対し直ちに且つ当然に債権的にも物権的にも同原告の共有持分そのものにつき売買譲渡があつたものとしてその法律効果が生じたものとは認め難い(もとより先の土地所有権の売買譲渡の意思表示の中に当然に右共有持分の売買譲渡の意思表示も包含されたと為すべきではない。)から本件土地につき原告夏海千潯の共有持分三分の一につき被告に対し持分譲渡の法律効果の生じたことを前提とする原告岩井千代の主張はそれ自体既に失当である。のみならずいわんや既に認定の如く原告夏海千潯は本件土地をその所有者訴外夏海よしに無断で被告に対し売買譲渡したものではなく、寧ろ所有者訴外夏海よしが自ら進んで原告夏海千潯を通じて被告に対し土地の所有権を売買譲渡(但し停止条件付き)した関係にあるものと認定し得る以上原告岩井千代の予備的請求原因の主張事実も亦理由のないこと自明の理であつて到底採用し得ないものである。従つて原告岩井千代の予備的請求も亦失当である。叙上の次第によつて原告等の本件請求は孰れもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項、第九十四条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 立沢貞義)

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